あしたのあしたのまたあした。
――――――……
哉太が入院してから初めて錫也がお見舞いに来た日は、お昼ごろから少しずつ雲が増え始め、錫也が病院についた頃にはぽつぽつと雨が降り出していた。その時はまだ入院したてのこともあって、今ほど点滴の輸液バックは大きくなく、まだ動こうと思えばそれなりに動けるような環境だった。
「調子よさそうで良かったよ」
「体調的には入院前とそこまで変わりねえな。ただ、やたらと検査が多くてさ。せっかく入院中暇になると嫌だからって漫画大量に持ってきたりなんだりしてるのに、全然自由に動ける時間が取れなくて」
「まあ、仕方ないな。あと、漫画を読むのもいいけどしっかり勉強しとけよ? ほら、陽日先生から差し入れの授業プリント」
鞄から結構膨らんだクリアファイルを取り出して、錫也は哉太に手渡す。
「少しは勉強免除してくれたりしねーかな…」
「やっとかないと復帰後が大変だぞ?それに、ここにあるのは陽日先生の授業の分だけだからな」
「それにしては多くねえ?」
うえー、と少々いじけながら、哉太はそのクリアファイルをベッドテーブルに置いた。
「そういや、月子はどうしてる?」
体のこと以外で一番気にかかっていることを、錫也に尋ねる。
「いつも通り、部活に生徒会に保健係に、って頑張ってるよ。ただ、なんか無理して明るく振舞ってるんじゃないか、って思うところは度々あるな」
「そうか」
錫也の答えに、あいつのことだからまた無理してんだろ、と哉太は呟いた。周りに迷惑をかけまいとそう振舞っているにも関わらずなのだろうから、きっと月子の内心は思っている以上に不安と心配でいっぱいのはずだ。
「今あいつを支えてやれんの、錫也だけなんだ。申し訳ないけど、あいつのこと、頼むな」
「ああ、哉太にとってだけじゃなく俺にとっても大事な存在なんだ。できる限りはするよ」
錫也は、任せとけ、と笑う。その表情に安心したように哉太も笑顔を見せた。
「そうだ、錫也、まだちょっと時間あるか?」
「あるけど、どうした?おつかいとか?」
「いや、ちょっと俺の話に付き合ってくれないか」
錫也がいくらでも、と頷いたのを確認すると、一回深呼吸してから、哉太は話し始めた。
「俺が入院する時に、月子が見送りに来てくれたんだよ。別れの時は絶対泣かないって決めてて、なんとかそこでは堪えられたんだよな。だけど、病室に入って、荷物を置いて、用意されてた病衣に着替えてさ、点滴が始まる、ってなったとき、ああ、これが繋がったら、もう俺は後戻りできないんだな、ってふと思ったら泣けてきてさ…。その場はなんとか誤魔化したけどな、自分で決めたことなのに、やっぱりどっかで、本当にこの選択でよかったんだろうか、って思ってたんだろうな」
初めて明かされる、哉太の本音。錫也は、黙って頷きながら聞き続ける。
「できることなら、ずっとみんなで笑ってたい。一緒に過ごしたい。そう思ったから、思わせてくれる錫也たちがいたから、俺は手術を決めた。錫也たちがいなかったら、確実に俺は手術を受けてないと思うんだ。だから、この選択に後悔なんかしてないし、後押ししてくれた錫也たちには、その…すごく感謝してるんだ」
そう言うと、哉太は少し体を錫也の方に向けた。
「今のうちに、錫也に頼みたいことがある。限界まで、俺は頑張ろうと思ってる。けど、もし頑張ってもダメだったら、その時は月子を―」
「その頼みは聞けないな」
今まで一切口を挟まずに聞いていた錫也が、哉太の言葉を遮る。
「哉太は絶対生きて帰ってくる。これは希望や願望なんかじゃない。それに、哉太、月子に言っただろ?最高のお帰りを練習しとけって」
「なっ…!!なんで知ってんだよ!!」
錫也の口から飛び出した思いがけない言葉に、哉太は一気に顔を赤くした。
「ごめん、聞いちゃった。っていうより、聞き出した?」
「お前…時たま腹いせのようにすごいことするよな…」
「だからさ」
恥ずかしすぎて視線を逸らし気味な哉太の肩に錫也は手を置いて、少し力を込めながら言う。
「せっかく月子が練習したお帰り、ちゃんと言わせてやってほしい。そのために俺たちが出来る事があるなら、いくらでもするから。もしものことなんか考えないで、帰ってきた後のことを考えてほしい」
「錫也…」
そこまで言うなら、と強がりながらも、哉太はうっすらと目に涙を浮かべていた。慌ててごしごしと病衣の袖で拭う様子を錫也は茶化さず、哉太が再び笑顔に戻るのを待っていた。