わらって、わらって

 だんだんと、涼しい風が辺りを包むようになり、過ごしやすくなってきた頃のこと。 机で絵を描いていた哉太は、隣で粘土をしていた錫也に声をかけた。
「なあ、すずや」
「どうしたの?」
「…つきこに、いつもありがとう、って、したいんだけど」
 哉太にとっては、そう錫也に言うことは大分恥ずかしかったようだ。口を少しもごもごさせながら言った哉太に、錫也は笑う。
「それはいいね、ぼくもさんせい」
「ほんとか!!」
 さっきとは一転、哉太はきらきらとした瞳になった。
「だって、ぼくだっていっぱいいっぱいつきこにはおせわになってるもん」
 哉太と錫也、月子の三人は近所ということもあって、物心ついた頃からの付き合いだ。哉太と月子の両親が共働きのため、錫也の親が二人の面倒を見てくれることも多い。
 幼稚園も当たり前のように同じところに入園し、普段の遊びの時も、給食の時も、お昼寝の時も、もちろん通園の時も一緒にいる。まるで、三人で一セットのようだ。
 そんな三人だから、お互いに助けたり助け合ったりということは日常茶飯事だ。その中でも、哉太が月子や錫也に助けてもらうことが多い。というのも、哉太が早生まれの中でもかなり遅い方の誕生日のため、周りの子供たちの中には約一歳離れている子もいる。幼児期の一年は成長的に非常に大きく、体格差で見ると早生まれの子たちがかわいそうなくらいだ。そういう理由もあって、比較的誕生日が早めの錫也や月子が、特に一番誕生日が早い月子が哉太のサポートをしてくれるのだ。
「で、かなたはなにかアイディアがあるの?」
「それが、ぼくだけだとおもいつかなくて…。だから、つきこがいないきょうのうちに、すずやにそうだんしたんだ」
 月子は、今日は幼稚園はお休み。親戚の結婚式が結構遠くであるらしく、今日から移動するのだと、昨日月子から聞いていた。
「そっか…。なんだったらよろこんでくれるかなあ…」
 料理は出来ないから、なにかお菓子などは作ってあげられない。母親、特に料理がうまい錫也のお母さんに頼めば、快く手伝ってくれるのだろうけど、できれば自分たちだけで作りたい。それに、お金もないから、何かを買ってもあげられない。第一、きっと買ったものをプレゼントしたら、月子のことだから確実に遠慮するか何倍かになって返ってくるだろう。それでは全く意味がない。
 今まで動かしていた手を止めて、二人は考え込む。しばらくして、錫也が、そうだ!と手を合わせた。
「かなた、こんなのはどう?」
 哉太の耳元で、今思いついたことをこそこそと囁く。全部聞き終わった哉太は、それいい!と笑顔になりながら、描いていた落書き帳の新しいページを開く。
「そしたら、こんなかんじか?」
 クレヨンでごりごり、と完成予想図を描いていく。途中ところどころで錫也からのアドバイスが入り、やっとクレヨンを置いたのは、周りがとっくに今までしていたものを片付け終わった後だった。
「じゃあ、きょうかえったらすずやんちいくな!」
「うん、じゅんびしておくよ」
 早くお片づけしましょう、という先生の声に元気よく返事をして、二人は立ち上がる。かくして、哉太と錫也によるいつもありがとう大作戦は幕を開けたのだった。

 幼稚園が終わってから錫也の家に集まって作業を開始した。もちろん幼稚園が終わってからの短い時間で全てが終わる訳はなく、翌日は朝から再開することになった。始めたのが金曜日で良かったと気づいたのは結構後のことだ。
「す、すずや、ここどうすればいいの!?」
「んと、ここはね…」
 予想と違った出来に慌てる哉太を落ち着かせながら、錫也はちょこちょこと修正を加える。錫也も錫也で、哉太とは別の物を作っているようだ。
「いろはえのぐでぬるときれいになるっておとうさんがいってたよ」
「えのぐ?ぼくにがてなんだよなあ…」
「かなたはいっつもクレヨンとかいろえんぴつでえをかくもんね」
「てにつくのがやなんだよ…。ほら、ぼくがえのぐつかうとあたりもぜんぶよごすから」
「あー、うん、そうだね」
「そこはそんなこともないっていってよ!!」
「ごめんごめん」
 ぷくっと哉太は頬を膨らませる。まるで河豚のような哉太を見て、錫也は謝りながらくすくすと笑った。
「ほら、はやくしないと、おわらないよ?つきこはにちようびのゆうがたくらいにかえってくるんだから」
「そうだった!いそがないと!」
 哉太は下敷きにする新聞紙と絵の具を取りに行く。錫也は場所が分からなくてあたふたする哉太に場所を教えながら、自分の製作に戻った。