キミのために、思うこと。
もう、陽が沈み始めた春の日。日中は暖かくても、夕方から夜にかけてはだんだん寒くなってくる。まだまだ日が沈みきるのも早く、あっという間に辺りは暗くなってくる。
そんな中を、月子は全速力で走っていた。背負っているスクールバッグが、時折肩からずり落ちてくる。それを乱暴に直しながら、道を急いだ。
行き先は、総合病院。
ついさっきのこと。クラスで頼まれた仕事がやっと終わって、部活に行こうか、と教室を出ようとした時に錫也が飛び込んできたのだ。
「ど、どうしたの錫也!?」
「哉太が…」
乱れた息を整える時間も惜しいような勢いで、錫也は言う。
「哉太が…倒れて…救急車で…」
その言葉に、月子は血の気が引いた。そういえば、朝、少し体調が悪そうだったかもしれない。
錫也から病院と病室を聞いて、月子は教室を飛び出した。後ろから、後で俺も行く、という声が聞こえてくる。
部室に行って、一番近くにいた先輩に急用ができたから休む、とだけ伝え頭を下げて、玄関まで走って。靴を履き替えて、また走って。制服のスカートが足に絡みつくのをうざったいと思いつつ、足をできるだけ速く動かす。
病院について、エレベーターに飛び乗った。やっと息を整えることができながら、エレベーターの数字が右に移っていくのを見ていた。
静かに扉が開き、目の前に白が広がった。哉太のいる部屋の番号を小さな声で呟きながら、足を進める。
ここにくるのは何回目だろう、と月子は歩きながらふと思った。昔から、入退院を繰り返していた哉太。入院する度に錫也とニ人で、や自分一人でお見舞いに来ては、何時間も哉太の傍にいた。
それは、少しでも、哉太に笑っていてほしかったから。
そのためなら、どんな苦労も惜しまなかった。惜しみたくなかった。
月子は、ぴたり、と足を止める。横には、”七海哉太"の文字。
ふぅ、と一回深呼吸して、月子は小さく扉をノックした。
かすかに揺れるカーテンをそっと開けると、そこにはベッドで寝息を立てている哉太がいた。布団の外に出されている腕から伸びているチューブは、上方のかなり大きめの点滴ボトルにつながっている。それが見慣れた光景なのが、なんだか悲しかった。
窓が少し開いていて、もうすっかり冷たくなった風が病室に入ってきている。決して強くはないそれは、病室からは見えない季節を哉太の元に届けていた。
月子は、そっとベッド脇の丸椅子に座る。何回も見た、その度にもう二度と見なければいいと願った、哉太の姿が目の前にあった。