あしたのあしたのまたあした。
サイト限定おまけ
「ねえ、錫也…」
哉太の手術当日。病院に向かおうとバス停でバス待ちをしている錫也に、月子が声をかけた。
「大丈夫、だよね?」
今にも泣きそうな表情の月子の頭を、錫也は優しく撫でる。
「大丈夫。退院したら、お子様ランチ作ってくれ、って昨日も言ってたんだ。それに」
ポケットから天然石を入れるようなサイズの巾着を取り出して、月子に手渡した。
「お守りだって」
月子はその巾着の口を開けて、手のひらに中身を出す。ころん、と巾着から転がってきたのは、哉太がずっとつけていたピアスだった。
それは、昨日の帰り際。また、と錫也が立ち上がり、病室を出て行こうとしたときに、ちょっと待て、と哉太が呼び止めたのだ。
「これ、明日でいいから、月子に渡してくれねえか」
ベッドの横の棚に置いてあった小さなものに手を伸ばし、それを錫也に渡す。
「これって、哉太がいつもつけてるピアス?」
「ああ。本当はあいつからもらったのとか持っていきたかったんだけど、手術室はアクセサリー類全部禁止だからな。だから、せめてあいつのそばに、って思って…」
「哉太って本当ロマンチストなところあるよな…」
「うっせえ!悪いか!」
「冗談だよ」
笑いながら、ポケットに入っていたハンカチで哉太のピアスを包む。錫也はそれを大事に鞄にしまった。
「しっかり預かったから。ちゃんと月子に渡すな」
「おう」
また、とお互いに手をあげつつ、錫也は病室を出る。その時の哉太は、なんだか安心したような笑みを浮かべていた。
「さすがにバラバラになるとなあ、と思って、巾着は俺が作ったんだけどさ。哉太が帰ってくるまで、大事に持っててやって」
突然のお届けものに、思わず月子は瞳を潤ませた。
「ありがと…!!」
「泣かなくて大丈夫だから。それじゃ、俺は哉太を応援しに行ってくるよ」
ぽんぽん、と月子の頭を撫でて、お留守番よろしくな、と囁く。それを聞いて、月子は笑った。
「一生懸命お留守番してるから、お土産、よろしくね?」
「お土産? なにがいいの?」
「哉太の手術が成功した、って言葉がいいな」
「お土産どころか中継になるかもな」
やっと笑った月子に錫也も安心したのか、行ってきます、と明るい声で来たバスに乗り込んだ。バスが走り去るまで手を振って見送った月子は、手の中の巾着をぎゅっと握り締める。
「ちゃんと練習してるんだから、お帰りって言わせてね」
見上げた青い空では、きれいに色づいた紅葉が美しい舞いを披露していた。
2012.5.26 fin.