ふしぎなあのこは、すてきなこのこ。

「アメリカに行く」
 梓がそんなことを言い出したのは、まもなく二年生が総仕上げに入る、とある冬の日の昼食のときだった。一緒に昼食をとっていた翼は、思わず持っていた箸を落としそうになる。
「・・・は?え?」
 梓から聞こえた言葉が信じられず、翼は梓をまじまじと見つめる。
「今、なんて?」
「だから」
 梓は手に持っていたスプーンを置くと、再度繰り返した。
「僕は、アメリカに行く」
「いつ?」
「高校卒業したら」
「どんぐらい?」
「場合によっては、そのまま一生」
「じゃあ、なに、それって、」
 翼が一つの質問を完成させる前に、梓は答える。
「留学するってこと」
 もうすぐ、翼も梓も三年生。今までも進路については事あるごとに指導されてきたし、そろそろ進路を確定しなければいけない時期ではあるのだけれど。ほとんどの先輩は国立大学で引き続き自分たちの分野を学んでいるし、同学年にも同じような進路を希望している人は多い。翼も、今までの進路希望には国公立大学の名前を並べていた。
 梓も、そうだったのに。
「なんでまた、いきなり?」
 未だに梓の発言が上手く飲み込めていない翼は、頭の上に?を沢山浮かべながら尋ねた。
「二年に入ってから、ずっと考えてた。僕が本当にやりたいことって、なんだろう、って。今は弓道が楽しいし、もちろん、勉強もやってて楽しい。けど、将来自分は何をしたいんだろう、って思ったら、全然、わかんなくなった」
 梓は、いつもとは違う声のトーンで、話し続ける。
「自分の中で答えが全然見つかってなくて、今までの進路希望は、科で王道って言われる大学の名前を書いてた。そうしておけば、どんな道を選んでも、大丈夫かなって」
 いつもの梓とは違う、少しだけ弱気な梓。それは、幼い頃からずっと一緒にいる、翼にしか見せない姿。
 きっと、梓自身は気づいていないけれど。
「それで・・・アメリカ?」
「いろいろ考えて、悩んだ結果。やっぱり宇宙について勉強したくて、どうせなら、最先端のところで一番すごいことを、って思った。僕は、宇宙に行きたい」
 宇宙に行きたい。
 梓のこの言葉を聞いて、翼は思わず微笑んでしまう。
 なんとも、梓らしい結論。
「さすが、梓、規模がでかいな」
 翼がそういうと、梓は少しムッとした。
「翼が止めようが、誰が止めようが、僕はこの考えを変える気はないよ。決めたんだ」
「止めなんかしない。梓らしいな、と思っただけ」
 翼は飲み物を一口飲むと、何事もないようにその言葉に付け加えた。