あしたははれる

「梓!!ねえ、梓!!」
 少しずつ陽が落ち始めている中、翼は前を行く梓を必死に追いかける。
「待ってよ!!梓!!」
 翼の家のほど近くに流れる小川にかかる橋の上で、やっと梓の腕を捕まえて。
「せめて…せめて、もっと詳しく教えてくれたっていいだろ…」
 そう言った翼の肩は、小刻みに震えていた。

 事は、数時間前に始まる。
 小学校で、終わりの会をしていたときのこと。毎回最後にある、先生からのお話の時に、それまでとは全く違った空気が教室に流れることになった。
「今日は、みんなに伝えなきゃいけないことがあります」
 先生のその言葉とともに、前に出るよう促されたのは梓。
「来週、木ノ瀬梓くんが、転校することになりました」
 ええー!というクラスメイトの声が上がる中、翼は1人呆然とする。というのも、そのとき、先生から梓の転校を聞くまで、翼は梓が転校することを知らなかったのだ。
 そのあと、梓がどこに転校するか、とか、残り短い時間だけど思い出を作りましょう、という先生の言葉とか、梓からの挨拶だとか、そういうことがずっと話されていたのだけれど、翼の耳には入ってくるはずもなく。そのままさようならが終わって、みんなが帰り始めても、翼は自分の席に座ったままだった。
 梓の机の周りには、転校を知って、何人かのクラスメイトが集まっている。寂しくなるね、手紙書くね―そんな言葉が、たくさん飛び交っていた。
 どうして。なんで教えてくれなかったんだろう。
 学校に行くときも、帰るときも一緒だった。学校が早く終われば一緒に遊んで、たまにお互いの家に泊まり合いもして。ごはんもお風呂も、何回も一緒だった。
 それなのに、こんな重要なことを教えてくれないなんて。もし先生が言ってくれなかったら、ずっと翼は梓がいなくなることを知らないままだった。
 もしかして、黙っていなくなりたいほど、僕のことが嫌いになったのかな。
 何かあると翼がそう考えて、その度に梓が否定してくれていた。違うよ、翼は僕たちに必要なんだよ、と。
 そんなことが何回も続いたから、嫌になったのかな。こんなネガティブ思考に、無理して付き合ってくれていたのかな。
 それを否定してくれる梓は、今はとても遠かった。

 いつものとおり、二人ランドセルを並べて帰る。ただ、いつものような会話はない。
「…梓」
 やっと翼が沈黙を破ったのは、もう半分くらい通学路を歩いてきてからだった。
「なんで、教えてくれなかったの?」
 梓の答えは、ない。
「そんな大事なことを教えてくれないくらい、僕のことが嫌いになったの?」
 ほんの少し、梓の歩くスピードが速くなる。
「僕から離れられると思って、せいせいした?」
 大股歩きから、早歩きに。
「いつも梓に迷惑かけてばっかりだったもんね。今度からそれがなくなるんだもんね」
 早歩きから、小走りに。
「黙っていなくなって、いつか梓は僕のことも忘れちゃうんでしょ」
 そう翼が言った途端、梓は全速力で走り出した。
「梓!!」
 あわてて翼も追いかける。左右に大きく揺れる2つのランドセルが、ガチャガチャと音を立てた。