水玉模様の約束

「ぬぬぬ…」
 人通りの多い商店街。沢山の人が行き交う中、ちょうどおもちゃ屋のショーウインドウの前に翼は一人、しゃがみこんでいた。いつも発明を持つ手は、今は両方とも空いている。
「あずさ…」
 誰にも届かないような声と共に、翼の瞳に涙が浮かんだ。

 事の始まりは今から3時間前。
 おつかいを頼まれて、梓と翼は意気揚々と家を出た。いつも親や祖父母と共に来るお店では目的のものが買えなくて、それなら隣町の商店街に行ってみようか、という話になって。2人で歩いてやってきたのだ。
 目的のものを探しているとき、翼の目に飛び込んできたのはおもちゃ屋のショーウインドウに並ぶ、沢山の動くおもちゃたち。どうなってるんだろう、と少し気をとられているほんの少しの間に、梓とはぐれてしまったのだ。
 慌てて梓を追いかけようと走ったのだけれど、商店街が終わってしまっても再会できなくて、また走って、入ってきた方まで戻ってきても再会できなくて。仕方なく、はぐれてしまったおもちゃ屋の前まで戻ってきて、翼はそこにしゃがみこんだ。
 一人で歩いて帰れない距離ではない。まだまだ子供の翼でも、20分ほど歩けばちゃんと家に帰ることができる。
 だけどもし、翼のことを梓が探してくれていたら?
 一生懸命自分を探してくれている梓を無視して帰ることなんて、そんなこと絶対できない。今回は非がすべて翼にあるのだから、なおさらだ。
 もし、先に梓が帰っていたとしたら?
 自分が悪いのだから仕方ない。無事に再開できたことをそこでは喜ぶべき。でも、梓にとって自分はそれだけの存在だった、そういうことかもしれない。
 梓に限ってそんなことはないはずなのだけれど、一人で心細くなっていると、どんどん負の連鎖でマイナスに考えてしまう。
「あずさ…どこ…」
 着ていたオーバーオールの膝に、濃い水玉模様ができはじめた。
 せっかく、自分と一緒にいてくれる人が見つかったのに。
 なれない環境で、まったく隠れていない陰口を聞き続けて、自分なんかいない方がいいんじゃないか、と思っていた。そんな時に、自分のことを認めてくれた人。話を聞いてくれた人。一緒にいてくれた人。
 そんな、素敵な友達以上の人ができたのに。
 自分から、失うようなことをしてしまった。
 あの時、少しでもおもちゃに気を取られてしまったことをすごく後悔する。
 どうして、どうして、どうして。
「ぬう……あずさ、ごめん……ごめん………」
 もし無事に再会できたとしても、梓はきっと怒っているだろう。それが、どんな形だったとしても。
 そのとき、自分には何ができるだろう。許してもらえることなんて、できるのだろうか。
 どんどん水玉模様は大きくなる。これからどうしよう、どうすればいいんだろう、とボーっとした頭で考え始めた、その時。
「やっと、みつけた…」
 目の前に影ができた。ふい、と翼が顔をあげると、そこには肩で息をしている梓の姿。
「こんなところにいたんだ…もう、ずっとさがしてたのに…」
「あず…さ…?」
「こんなところにしゃがんでたんじゃわかりにくいわけだよ。ただでさえ、きょうはひとがいっぱいいるのに」
「さがしてて、くれたの?」
「なにいってるの、あたりまえじゃんか。ほら」
 手を差し出しながら、梓が言う。
「おこってない?」
「おこってるよ。けど、つばさがぶじにみつかったから、それでいい」
「あずさ…」
「ほーら、きっとおじいちゃんもおばあちゃんもしんぱいしてる。かえろ」
 出された手を、翼は握った。