流行の最先端を走るとか別に嬉しくもなんともない。

「・・・ねえ、翼?」
「ぬ?」
「こんなところで、最先端いかなくていいんですよ?」
「ぬーん・・・」
 ベッドに寝ている翼の横で、梓はやれやれとため息をつく。
 あの後すぐ保健室に行って、琥太郎に診てもらった。最近、こういう体調不良が多いんだよ、と言いながら翼を診察した結果。
「インフルエンザ、だな」
「「はあ!?」」
 翼はもちろん、完璧にシンクロして梓もまさかの声を出す。梓はインフルエンザではなくて、ただの風邪と診断されていた。
「検査したわけじゃないが、症状からいって確実にインフルエンザだ。学園の今年の第一号だぞ」
 琥太郎の言葉を聞けば聞くほど、翼も梓も何もいえなくなる。
「ったく、どこからもらってきたんだか・・・もしかしたら年明けあたり、いっきに流行来るかもしれないなあ」
 やれやれ、と嘆く琥太郎に、翼と梓はしばし無言タイムとなった。
 それから、翼の部屋に戻って、ほぼ無理矢理薬を飲ませて、渋る翼を布団につっこんで。抵抗力が落ちてるから、と琥太郎に渡されたマスクをしっかりつけて、梓はベッド脇に座る。
「梓・・・?」
「ん?」
「病み上がりなんだから、帰っていいよ・・・?」
 元から高かった熱は、あれからぐんぐんと上がっているらしい。明らかに高熱を出していることが分かる顔で、翼は梓に言った。
「僕のことはいいから、寝てろ」
「だって・・・」
「どうせ帰省しないんだもん、どこにいても一緒だよ」
「マスクしてても、うつるよ?」
「そのときは、そのとき」
「ぬーん・・・」
 なんだか申し訳なくて、だけど梓は首を縦に振る気配を全く見せなくて、翼は複雑な気持ちで布団に潜る。一方の梓は、携帯をかまったり、宇宙関連の本を読んだり。長時間そこにいることを覚悟しているような雰囲気だ。
 タク、タク、と秒針が規則正しく動く音が響くようになった。その音を聞いていると、どこからか眠気がやってくる。次第に視界が狭くなっていくのを感じながら、翼は布団に身体を預けた。

 どれぐらい時間がたったのだろう。
 窓から差し込む光は、オレンジ色に変わっていた。薬が効いてきたのか、だいぶ体は軽くなっている。
 もっとも、まだ体は熱いけれど。
 身体を起こすと、ベッドの足元の方にいた梓の姿がなくなっていることに気づいた。その代わりに、簡易キッチンのほうに人影が見える。
「あ、起きた?」
 翼が目覚めたのを見た梓が、コップを2つ持って、先程の場所へと戻ってきた。同じくらいにスポーツ飲料を注いで、片方を翼に手渡す。
「水分補給は、こまめに、でしょ?」
「ぬ、ぬう・・・ありがと」
 手渡されたコップを口へと運ぶ。程よく冷えていて、気持ちいい。
「今、おかゆ作ってるから」
「おかゆ?梓作れたっけ?」
「お母さんに電話して訊いた。味付け、翼んちとほとんど変わらないらしいよ」
 空になったコップをもって、梓は立ち上がる。言われてみれば、いい香りが部屋に漂っていた。
「もうすぐできるから、待ってて」
 そういって、梓は再びキッチンに立つ。その姿を、翼は無意識に幼いころの光景に重ねていた。
 最後に、おかゆを食べたのはいつのことだろう。
 ご飯を食べるのが辛くなるような風邪や、インフルエンザなんかほとんどかかったことがなかった。星月学園に入学して、家庭の味というものを食べることが極端に減り、食堂の味が当たり前になっていた。もちろん、食堂の料理はおいしいし、文句は何一つない。けれど、こんな風に、体調を崩したとき、食べたくなるのはやっぱり昔から慣れ親しんでいる味。
 それを、梓が何も言わないのに作ってくれたことが、嬉しかった。
「できたよー」
 テーブルの上に、おなべと食器が運ばれてくる。
「なんか、懐かしいにおいがする・・・」
「翼んちは、卵粥だったんだって?うちは大体何も入れないで醤油とだしだったんだけど、今日は天羽家の、卵とめんつゆっていうのにしてみた」
「何年ぶりだろ・・・しばらく食べてない」
「無理して食べなくていいから、食べられるだけ食べて」
「いただきます」
 梓がよそってくれたお粥を、適度に冷ましてから、一口、口の中に入れた。懐かしい味が、口いっぱいに広がる。
「おいしい」
「よかった。僕も食べよ」
 梓もお粥を口に運ぶ。卵粥を食べる機会は滅多にないらしく、冬の寒いときはたまにいいかも、と言って笑った。
「なあ、梓」
「ん?」
「こんな年末年始も、いいのかもね」
「今回みたいにインフルエンザ騒動はやめてほしいけどね」
「ぬう・・・」
「でも、まあ、悪くはないと思うよ」
 はふ、とまた一口、梓はお粥を口に運ぶ。自分でもなかなかの出来で、満足しているようだ。
「来年は、翼の発明が失敗しませんように」
「なんだとー!!いつも失敗じゃないんだから!!」
「じゃあ訂正。爆発しませんように」
「ぬっ・・・!!!」
 痛いところをつかれ、翼は何も言えなくなる。その様子を、梓は笑った。
「ま、今年もいろいろあったし、きっと来年もいろいろあると思うけど。来年も、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
 お互いにひょこっと頭を下げあい、そして笑みをこぼした。

 学園の帰省ラッシュもすぎ、各々の年を迎える準備ができつつある。
 新たなスタートまで、あと少し。

2010.12.31  fin.