流行の最先端を走るとか別に嬉しくもなんともない。

 冬休みに入って、数日。たんまり出された宿題をスルーしようにもできず、かといってやる気にもなれず、どうしようか迷っていた翼に、ひとつのいい案が思い浮かぶ。
「これがうまくいけば・・・全部がうまくいくはず・・・!!」
 なんて素敵なことを思いついたのだろう、と目を輝かせながら、翼はそれを行動に移した。

 コンコン、と部屋の扉をノックする。
「梓ー?」
 なかなか出てこない梓を、いつもなら、と不思議に思いつつ待つ。もしかして外出中なのかも、と翼が自分の部屋に帰ろうとしたとき、がちゃ、と部屋の扉が開く音がした。
「・・・どうしたの」
「いや、梓こそ、どうしたの」
 ゆっくりと扉を開けて出てきた梓は、トレパンにロングTシャツ。そして、おでこに冷えピタシート。まさかの格好で出てきた梓に、思わず翼は聞き返した。
「熱、出た」
「・・・はい?」
 聞き間違いではないだろうか、と一瞬思ってしまった。昔はちょこちょこ熱を出していたのは翼も覚えているけれど、最近の梓には熱はほとんど無縁。鼻をぐずぐずさせていたり、申し訳程度に咳き込むことはあったが、それもごくたまにである。昨日だって、風邪の兆候なんか全くなかったのだ。
「熱?」
「うん、昨日の夜から」
「どんぐらい?」
「夜は38度後半くらい。今はちょっと下がった」
「・・・もしかしなくても、寝てた?」
「うん」
 いつもに比べて舌ったらずの口調で喋る梓は、言われてみれば顔が全体的に赤く染まっている気がする。翼の言葉に何も隠さず全てを話しているところをみると、辛い、ということを自覚しているのだろう。
「薬は?」
「星月先生のとこ行って、もらってきた」
「そんなんなら、今年は帰省は無理そうだな」
「一応、寮に残るってことは星月先生から伝えてもらえるみたい」
「そっか・・・」
 こんなことになっているとは知らなくても、病人をわざわざ起こしてしまったことに罪悪感を覚える翼。さっきまで考えていたことなんて、とっくの昔においてきていた。
「翼は?なんか用があったんじゃないの?」
「いや、あったんだけど・・・なくなった」
 こんな状態の梓に言っていいのだろうか、いやでもきっと梓のことだから問い詰めてくるだろう、と数秒悩んだ挙句、梓に追及される前に翼は口を開く。
「課題・・・梓の、見せてもらおうと思ってたんだけど・・・」
 なんて言われるだろうか。そんなことのために、僕はこんな重い体を動かしてるの?と文句を言われるかもしれない。バカじゃない、なに考えてんの、と罵倒されるかもしれない。それはいつものことなんだけれど、今回は梓に辛い思いをさせているというのが分かっているから、心が痛い。
「そんなんしなくても、翼ならすぐ全部終わるじゃん」
 しかし、梓から返ってきた言葉は、予想外のものだった。
「ざっと目を通したけど、そこまで難しくなかったよ?僕だってもう半分以上終わってるし」
 あまりのやわらかさに、翼はきょとんとしてしまう。
「一回やってみれば?意外とすぐ何とかなると思うよ」
「ぬ、ぬう・・・」
 こんな梓は、熱のせいなのだろうか。ともかく、翼は梓の言葉に頷く。
 その後、梓が、食堂にいけないから、夕飯代わりになにかゼリーのようなものが欲しい、と言ってきたので、また夕方に来る約束をして翼は梓の部屋を後にした。手には、来たときとまったく変わっていない荷物。けれど、それに対する気持ちは明らかに変わっていた。
「・・・帰ったら、やろう」
 やりたい発明も沢山あるけれど。それに対する時間は、足りないくらいなのだけれど。
 なぜだか、その前に、という気持ちが強くなっていた。

 夕方、陽が落ちかけた頃。
 目を覚ました梓がテーブルの上を見ると、栄養補給ゼリーが数個とスポーツドリンクのペットボトルが置いてあった。寝ている間に翼が置いていったものらしい。横に走り書きで「水分補給はこまめに」と書いてあるメモが置いてあった。
「明日、良くなってたら翼のところ行こう」
 オレンジ味のゼリーを口に含みつつ、梓は思う。しっかりと抗生剤を飲んで、再び布団に戻った。