\おつかいにいこう!/

「書記ー!!」
 保健室から教務室まで、沢山の書類を運んでいた月子を、翼が呼び止めた。
「どうしたの?翼君」
 駆け寄る翼が到着するのを待って、月子は返事をする。
「保健委員の仕事?」
「うん、でもこれを運んだら、おしまい」
「よかったあ」
 翼がにこお、と笑う。
「ぬいぬいが、生徒会のお遣いに行ってこいって!!」
「一樹会長が?」
 珍しいこともあるものだ、と月子は思う。いつもなら、翼に任せられない、だの、俺が行く、だも言いそうだからだ。
「ぬいぬい、そらそらに捕まって」
「ああ……」
 本当は俺が行くのが当たり前なんだが、こうなってしまった以上、時間もないし、お前に行かせるしか方法がない、と言われたと翼は続けた。
「それで、暇だったら一緒に行ってくれないかな、って!!」
 翼の瞳に、小さく月子が写る。
「うん、いいよ、行こう」
 走答えた瞬間、小さな月子は見えなくなった。
「やたー!!デート、デート!!」
「ちょっと、翼君!!!」
 周りの目を気にせずはしゃぐ翼を、月子は顔を赤くしながらたしなめる。
「仕事終わったら荷物もって降りるから、先に玄関行っててくれる?」
「ぬいぬいさー!!」
 翼は敬礼をすると生徒会室のほうへ小躍りしながら駆けていく。その様子はまるでおやつをもらった犬のようで。しばしその姿を見送ったあと、月子は教務室へと急いだ。

「ごめんね、翼君!!」
 月子が走って玄関に向かうと、翼は階段に座っていた。月子が来たことに気づき、荷物を持って立ち上がる。
「全然!じゃ、行こ」
 翼は右手を差し出す。月子はその手を笑顔で握った。
「もう、手が冷たくなってる。翼君、大分待ったでしょ?」
「いや、冷え性なだけ」
「嘘!いつも翼君の手、お陽様みたいにあったかいもの!!」
 季節は秋の終わりごろ。晴れていても、外は冷たい風が吹く。
「あたしのせいで、翼君が風邪ひいたらどうしよう…」
「月子に看病してもらえるから、それはそれでありかも」
「ちょっと!!」
 赤くなる月子に、翼は冗談、と笑った。 「大丈夫、一応、寒さには強いから」
「本当?」
「本当!今もこーやって月子にあっためてもらってるし!!」
 こういう、言われて耳が熱くなるようなことを、なぜ翼はさらっと言えるのだろうか。月子は、偶に不思議になる。 「か、一樹会長は何を買ってこいって?」
 照れ隠しに、月子は話題を変える。その声が上ずったのなんて、気にしない。
「あ、これ」
 翼はカーディガンのポケットから、白いメモを取り出した。
 インタントコーヒー、緑茶、ティーバック。
 どれも、およそ学校のお遣いとは思えない品ばかりで、思わず月子は吹きだす。これじゃ、まるで家のようだ。
「もう残りなかったっけ?この前まだあったと思ったんだけど」
「最近ぬいぬいがそらそらにずっと捕まりっぱなしで、目を覚ますためにカフェインがなんたらかんたらで、コーヒーの消費量は半端ないみたい。お茶は、ぬいぬいが今日安いから買いだめしておく、って」
 一樹会長も大変だな、と話を聞きながら月子は思う。学園のこと、生徒のこと、生徒会のこと、全てを気にかけなければならない。
「一樹会長や颯斗君が少しでも楽になれるように、できることはやらなきゃね」
「よし、発明で仕事を楽にするのだー!!」
「いや、雑用こなすだけでも十分だと思うよ、翼君」
 だって発明したらまた颯斗君が黒板を取り出すじゃない、という言葉は、飲み込んでおいた。確かに颯斗が黒板を取り出すのはいやだけれど、翼が発明している姿を見るのは嫌じゃない。むしろ、すき。
「えー、つまんない」
 翼がずっと一つの表情で、自分の好きなことに没頭している姿は、発明しているときではないと見られない。でも、くるくると変わる翼の表情は、見ていても飽きないのも事実。
「あ、でも、ぬいぬいたちが仕事終わったら、こういう風にお遣い行けなくなる!」
 それはダメ!!と駄々をこねる翼に、月子は思わず吹きかけた。ほら、また違う表情を見せた。
「お遣いじゃなくても、こうして二人でお出かけするチャンスはいっぱいあると思うよ」
 大丈夫、と月子が微笑むと、翼はいつもの笑顔を見せる。
「なら安心だ!よし、お遣いがんばる!!」
 いつの間にか、寒さは気にならなくなっていた。

 帰り道は、もう星が散らばっていた。
「あっという間に、真っ暗だねえ」
「ほら月子、もうきれいに星が見えるぞ」
「ふわあ…」
 見ていると吸い込まれていきそうな空は、なんだか近く感じて。
「雪、降ってきそう」
「もうすぐ冬だしね」
「お店もクリスマス一色だったね」
 後少しすれば、イルミネーションも増えてまた違った景色が見えるようになるだろう。
「月子」
「なあに?」
 急に翼が改まったような声を出した。月子は、翼を見上げる。
「クリスマス、空けといて」
「うん」
 見える翼は、大人の顔で。二人きりのときにしか見ないその表情に、月子は笑顔を見せた。
「楽しみにしてる」
 冷たい風は、二人の横を通り過ぎていく。
 冬が来るまで、あと少し。

2010.11.19  fin.